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原民喜『夏の花』岩波文庫


本書は、文学者・原民喜(はらたみき)が描いた原爆投下後の広島です。


太平洋戦争の末期、戦争の早期終結を狙ったアメリカは西の軍事拠点であり、比較的空襲の被害の少なかった広島市へと原子爆弾を投下しました。当時、広島市の人口は推定34~35万人ほどであったのですが、その原子爆弾によっておよそ9〜16万6000人が被爆し、そして投下後の数カ月で死へと至りました。


当時、広島へと疎開していた原は、市内の実家で被爆を体験しました。実家の便所のなかで被爆した原は、その事態を飲み込めず、なんとか便所の外へと身体を投げ出すと、粉塵の隙間に変わり果てた広島の姿を臨みました。その地獄と変貌した姿に「このことを書き残さなければならない」とつぶやいたのです。


路上で水を乞い叫ぶ人々の姿、巨大な胴を投げ出して転倒している馬、電線が乱れ落ちた街、機械的な屍体の表情、生きようと必死にもがき助けを乞う人々。原はその細部を微細に描いていくよう努めます。「夜明前から念仏の声がしきりにしていた。ここでは誰かが、絶えず死んでいくらしかった。」という描写にも、原が出来る限り感情を押さえて記録を綴っている様子がみてとれますが、そのようにして隠した強い感情も、原の文章の中にはある「愚劣なものに対する、やりきれない憤りが、この時我々を無言で結び付けているようであった」と時折、見え隠れするのもまた本書の魅力であるように思います。


本書は、文学作品としてだけでなく、当時を知るための稀少な資料としても高い評価を得ています。戦争のことを度々、ニュースで見聞きするようになった昨今だからこそ、国内外、多くの方に読んでいただきたい一冊です。


【8月推薦図書】


 
 
 

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